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 1998年 1月 〜 6月 の 今月のひと言 .

  仲 間 た ち  1998年 1月 1日

 以前、学生時代の マンクラ (マンドリンクラブ) の仲間たちと 7月に 合宿 をした話を書きましたが、我々、その他に毎年 12月30日に飲み会をすることになっています。この日なら地方転勤の者も出席できるということで、最近の恒例となっているのです。

  実は私は今回、拠ん所ない事情で初の欠席。いつも皆集まれば、演奏の方は ヌキで、専ら学生時代の合宿や演奏旅行での失敗談などの話でほぼ終始し、毎年同じような話をしていてもそれが楽しくて集まるようなものです。

 そのような分けで他人が聞けば ロクな話ではないのですが、マンクラのお陰で何時までもそうして皆が集まって話したくなるような思い出を学生時代にもったということは、我々お互いに幸せなことだと思っています。今回出席できなかったのは誠に残念 (-_-)。

  「ボ ニ ー タ」  1998年 2月 1日

 「最も マンドリンらしい曲は?」 と聞かれたら、答えは難しいのですが、私は ラヴィトラーノ の 「レナータ」、メツァカーポ の 「アンダンテとポロネーズ」、そして 「ボニータ」 を挙げます。 トルコ: クシャダスにて

 その中でも 「ボニータ」 はゆったりとした序奏も、軽快な ボレロも イタリア音楽の楽しみに溢れていて、さらに マンドリン・アンサンブルとして数人で楽しむには格好の曲で、奏いていて どこか ヨーロッパ南部の リゾート地へでも行ったような気分に浸れる思いがします。

 また奏く側にとってもあまり難しくなく、個人的には学生時代、合宿所の旅館の畳の上に楽譜を広げて、あるいは休講でがらんとした教室などで、何人かでよく合奏した古き良き時代の思い出が蘇ってくる曲でもあります。

 ...CD などで市販されていないこの種の マンドリン・アンサンブル曲 を自分達で奏いて楽しむにも、聴いていただくにしても、最適な曲ではないでしょうか。

  「モオツァルト」  1998年 3月 1日

 クラシック音楽ファン を自認する人でも 小林秀雄 (1902-1983) (参照: ウィキペディア) の著書 「モオツァルト」 (1946年) の本で目から ウロコが落ちたような気になった人も少なくないのではないでしょうか。

 彼は、例えば モーツァルトの肖像画から 「ト短調シンフォニイは、時々こんな顔をしなければならない人物から生まれたものに間違ひはない、僕はさう信じた。」 などと確信のある語り口で書いており、その調子で 「モオツァルトは、主題として、一と息の吐息、一と息の笑ひしか必要としなかった。」 とか、 「正直に彼の音を追ふものは、彼の均整が、どんなに多くの均整を破って得られたものかに容易に気付く筈だ。」 とか、さらに 「モオツアルトは何を狙ったのだらうか。恐らく、何も狙ひはしなかった。現代の芸術家、のみならず多くの思想家さへ毒してゐる目的とか企画をかいふものを、彼は知らなかった。」 など、彼と彼の音楽の内奥に迫っています。

  もっとも 小林秀雄の評論からは、「ゴッホの手紙」、「本居宣長」 など、この本に限らず、一口に "天才とは凡人が ジタバタしてもどうにもならないものだ" という諦念と、"得てして我々が そうあるべきと思いがちな 理屈や法則性で事を処することへの警告" といったものを感じさせられます。

 (下の演奏パネルは、この本の中で著者が楽譜を載せて 「僕の乱脈な放浪時代の或る冬の夜、大阪の道頓堀をうろついてゐた時、突然、このト短調シンフォニイの有名なテエマが頭の中で鳴ったのである。...僕は、脳味噌に手術を受けた様に驚き、感動で慄へた。」 と書いた 「交響曲 第40番」 第4楽章 の冒頭部分 (MIDI演奏の MP3録音) です。 お聴きになるには、この パネルを クリックしてください。)


  私と パソコン  1998年 4月 1日

 私の今の デスクトップ・パソコンは、Windows95 の出た年に買った NEC の PC-9821-Xa10 で、VAIO EX-505CPU は Pentiumの100MHz、ハードディスク は外付のものを加えても 1.2ギガしかありません。 「そろそろ買い換えか」 と色々な機種検討しましたが、結局買い換えでなく 2台目パソコンとして ソニーの VAIOノート EX-505 を買うことに落ち着きました。

 バソコン歴15年。 1983年に買った PC-6001 以来一貫して NEC で来た私も、これまで考えたもしなかった ソニーに傾いたばかりか、"98年に98離れを起す" という皮肉なことになってしまいました。もちろん今の デスクトップは、さらに ハードディスクを付け足すなどして、まだまだ使い続けるつもりです。

 VAIOノート は薄くて軽くてカッコ良く、AV にも強いということで、ミーハーには モテモテのようですが、果たして私には良い買い物であったかどうか。その辺はいずれまた報告いたしましょう (^_^)。

  性懲りもなく  1998年 5月 1日

マンドリンとピアノ  インターネットに Upload するようになってから、会社の同僚をはじめ色々な人からよく 「ヒマだなぁ」 とか 「性懲りもなく...」 などと言われます。 自分でも、年月をかけて作り溜めてきたとはいえ Upload の曲数も多くなってきてみると、明るい時間に家に帰りつくことも年に数回とない 一介の サラリーマンにしては 「我ながらヒマだったかな」 と思わないでもありません (^_^;)。

 最近は ぼちぼち出てきているとはいうものの マンドリンの CD がほとんど無い一方で、楽譜と MIDI という手段がある以上は自分で入力するしかなかったというのが始めた動機で、そしてだんだん歳をとってきたせいか(!?)、1日に数小節、1曲に 1ヶ月ちかくかけて ポチポチと入力するのも苦にならなかったのも続いてきた因かも知れません。

  トスカニーニ  1998年 6月 1日

 オーケストラの指揮者の中で アルトゥーロ・トスカニーニ (1867-1957) (参照: ウィキペディア) ほど、一見 クセがあるように見える、いや聞こえる演奏家も少ないのではないでしょうか。

 即物主義といわれるように楽譜への忠実さを求め続けた彼に "クセ" と言うのもないものだとも思われますが、メリハリが効いて、生ぬるさなど微塵も感じられない演奏には、聴く人によって そのように聞こえるのも無理のないこととも言えそうです。 しかし "劇的求心力" のあるその演奏の魅力が彼を世紀の大指揮者にしたことは間違いのないものだと思いますし、もっとも "クセ" とは言っても、もとより職人芸的な鼻につくようなものではなく、圧倒的に支持者が多かったのも頷けるところです。

 最近、彼の演奏の 復刻版シリーズの CD で久しぶりに 「セビリアの理髪師」 序曲 他を聴いたのですが、あらためて現代の演奏家も聴き手も忘れかけている彼の音づくりの理想や、聴き手側にとっての面白さといったものが蘇ってきた思いがしました。



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