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 1998年 7月 〜 12月 の 今月のひと言 .

  マ ン ド ラ  1998年 7月 1日

 "マンドラ (Mandola)" という楽器について知らない方のために、....。 ヴァイオリン系統の中音楽器に ヴィオラがあるように マンドリン系統にある中低音楽器が マンドラで、左の写真の真ん中の楽器がそれです。 マンドリンを一回り大きくした楽器で、現在主に使われている マンドラ・テノール は マンドリンの 1オクターブ低い弦が マンドリンと同じ配置で張ってあります。

マンドリン、マンドラ、ギター

 ヴィオラの楽譜は中音部記号で読み書きしますが、マンドラは高音部記号で書き、そのまま読んで演奏すると、ギターと同様、実際の音は 1オクターブ低い音で鳴るようになっています。 したがって普段 マンドリンを奏いていて中音部記号に慣れていない人でも すぐ マンドラを奏くことが可能です。

 我々は略して "ドラ" と呼んでいますが、マンドリン・ギターの 4重奏では一般に 1st、2nd の マンドリン、ギターに この ドラの構成、5重奏ではそれにさらに一回り大きな マンドチェロが加わります。 「海の組曲」 の冒頭のゆったりとした波を思わせる動きはは マンドラですし、またその 第3楽章 の メロディーも マンドラならではの部分だと思います。

  合 宿 2  1998年 8月 1日

 浴衣姿で酔っ払った、良い年をしたおじさん達が、マンドリンや ギターを奏きながら 「浜辺の唄」、「宵待ち草」、「椰子の実」 などを歌っている様は想像できますか。

 今年も 7月11日から 12日にかけて メンバー 11人で行われた長野県・菅平高原での合宿の夜、普段楽器を奏くことなどない サラリーマン達が、「とにかく易しい曲を」 ということで始めた演奏が、上記の 「浜辺の唄 (中野二郎編)」 や 「日本抒情歌曲集 (服部正編)」 などでした。

 そして 「蝶々を主題とせる変奏曲 (服部正)」、「セラ・ラ・ルナ」。 最後に演奏した曲は、結局 去年の合宿 と同じく 「アンポロ」 や 「バグダット」 であり、あらためてこれらの曲の "威力" を感じたものでしたし、普段奏いていないにもかかわらず、まがりなりにもこうした曲を奏こうとする意欲があることだけは 「我々ながら立派なものだ」 と自画自賛 (!?) し合ったものでした。

  VAIO  1998年 9月 1日

 以前、「VAIOノート」 について 「薄くて軽くてカッコ良く、AV にも強いということで、ミーハーには モテモテのようですが、果たして私には良い買い物であったかどうか。 その辺はいずれまた報告いたしましょう」 と書いて、その後半年経ちました。

 結論から言って、何のことはない、ただの DOS/Vパソコン ではありました。ただやはり デザインの特徴は際立っており、それがかえって私のようなおじさんには電車の中などで使用するにはとても恥ずかしくって使えないという結果に終わっています。

 現在私は、元々持っていた デジタル・ビデオ から静止画を取り込んで使っていますから、そうした点で有用なものとなっています。ただ、たったの半年の間に、VAIO は二度も バージョン・アップして直接 ビデオから取り込めるようになったり、さらには近々 ビデオ・カメラが組み込まれた VAIOノートが発売になるとの新聞記事もあり、一方で アップル から 「iMAC」 が発売になったりで、早くも私の VAIOも霞んできてしまいました (-_-;)。

  イ タ リ ア 旅 行  1998年 10月 1日

 9月中旬に、ついに イタリアへ行ってきました。 と言っても 8日間のごく一般的な パック・ツアーの旅で、しかも家内同伴で何かと制約も多く(!?)、マンドリン や ギターに関する何物かを探ろうなどといった殊勝なものではなかったのですが... (^_^)。 ローマ:スペイン階段

 そんな旅ですから、音楽などを聴くよりも建造物などを見て回ることが多かったのですが、巡った三都市である ヴェネチア、フィレンツェ、ローマ ともに膨大な美術品の素晴らしさやそれらの歴史の重みに圧倒されるものではありました。

 音楽に関して言えば、幸いにして ヴェネツィアの ゴンドラの上での カンツォーネ や、ローマの野外レストランでの マンドリン、ギターの "職人芸" も見聴きすることができ、この点でも年期とか歴史の重みといったものを感じさせられました。

 音楽的な印象としては、古いものばかり見てきた割には メンデルスゾーンの 「イタリア交響曲」 や チャイコフスキーの 「イタリア綺想曲」 、そして レスピーギの 「ローマの松」 や 「ローマの泉」 などの曲の、どちらかというと明るく華やかな色彩感を実感した点に収穫があったような気がします。

  ニ 短 調  1998年 11月 1日

 私の大学の教養課程の音楽の先生は、幸運にも NHKラジオで音楽解説をしていた村田武雄氏で、授業で 「ニ短調という調性は最も暗い」 と言って シューベルトの有名な歌曲集 「冬の旅」 の中の 「菩提樹」 を聴かせてくれたのをよく覚えています。

 ニ短調の曲も もちろん色々あり、私は上記の 「菩提樹」 や ベートーヴェンの 「第九」、そして フランク の 「交響曲 ニ短調」、そして独奏曲では バッハの 「シャコンヌ」、「トッカータと フーガ」 が特に思い浮かびますが、自分でも マンドリンで直接演奏した ファルボの 「序曲 ニ短調」 は忘れがたい曲です。

 マンドリン・クラブ へ入部して、演奏会初経験の曲がこの曲であったこともありますが、我々の同期の仲間も皆、この曲にはひとしおの思い入れがある様子です。今から思うと、それだけ皆、この年頃は多感だった(!?)のでしょうか (^_^;)。

 (下の演奏パネルは、 フランクの 「交響曲 ニ短調」 の 第1楽章 の冒頭部分 (MIDI演奏の MP3録音) です。 お聴きになるには、この パネルを クリックしてください。)


  「エ ロ イ カ」  1998年 12月 1日

 「エロイカ」、すなわち べートーヴェンの 交響曲 第3番 変ホ長調 「英雄」 には、私も若い頃、色々な指揮者の演奏を買い集めるなど、いささか"凝った"時期がありました。 演奏時間 約45分の大曲ですが、今でも "元気の出る曲" というのはこういう曲ではないかと思っています。

 全曲を通して感じられる躍動感、意志の力など、明日の活力を満たしてくれるようで、その中でも、何か重いものを引きずるようにして始まり、途中、暗く、吠えるような悲痛さをもあらわにする 第2楽章の "葬送行進曲" は、矛盾するようですが、特に "元気の出る"部分ではないかと思います。

 私には一時期、毎朝の出勤の途上で この 第2楽章 を口ずさんで、やる気を奮い立たせていたようなこともありましたが、作家の故・五味康祐 などは 「この曲に歌詞をつけて歌っていた」 というのですから、世の中には似たようで、しかももっと "凝った人" もいるものだと思ったものです。

 (下の演奏パネルは、この 「エロイカ」 の 第2楽章 "葬送行進曲" の冒頭部分 (ハ短調)(MIDI演奏の MP3録音) です。 お聴きになるには、この パネルを クリックしてください。)


 <2011.5.7. 追記>  この 「エロイカ」 第2楽章の "マジョーレ" の部分を Upし、そこにもこの冒頭部分を添付しました。



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