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 2001年 7月 〜 12月 の 今月のひと言 .

  有楽町ビック  2001年 7月 1日

 先日都心に出る用事があって、旧・そごう有楽町店を改装して 6月14日にオープンした ビック・カメラ を見てきました。

 オープンしたてで マスコミでも報道されていたこともあって、平日の昼でも混みこみの人出でしたが、場所柄 ビジネスマン が多く、これまでほとんど日の当たらなかった旧・そごう と対比して "時代が変わった" と思った方が多かったと思います。 有楽町ビック

 そのひとつは "2割 3割引きは当たり前" の安売りでのしてきた大型店の本当の都心進出であり、もうひとつは都心部にとっての 通常の百貨店から IT・AV中心の(百貨)店への移行傾向であり、そして マニア から普通の人への IT の普及です。

  ショッピングでは、IT分野では特にそうですが、小さく品揃えの中途半端な同じような店が何軒もあるより、何でもある店が 1軒あればその方が消費者にとって便利であり、さらには "競争の原理" でそうした店が複数あれば望ましいに違いありません。 有楽町には今秋さらに宝塚の仮設劇場だった跡地に ソフマップ も オープン するそうですが、....

 さてそうなると 秋葉原 の今後はどうなっていくんでしょうかね。 大阪の日本橋も同じでしょうが、これまでも郊外店や通販に侵蝕されて地盤沈下が言われてきた 秋葉原は今後 "オタクの秋葉原" あるいは "ゲームの秋葉原" として特化していくことになるんでしょうか。

 有楽町のすぐ近くの数寄屋橋には 6月28日に エルメスが オープンし、こちらもまた混みこみで入場制限をしてましたが、その一方で有楽町駅周辺の方は、まさか新宿西口のように ガサついてきて (新宿には申し訳ないんですが) しまうんじゃないでしょうね。

  フルトヴェングラー  2001年 8月 1日

 近年の指揮者の最高峰として常に崇められてきているのが ヴィルヘルム・フルトヴェングラー (1886-1954) (参照: ウィキペディア) ではないでしょうか。

 昔 ラジオ で 「運命」 交響曲 のあの "ジャジャジャジャーン" という冒頭の 21小節が指揮者によって何秒かかるかの聴き比べをした放送がありましたが、私の記憶ではその時、フェルマータ(音を適当に伸ばす)の所をぐっーと引っ張ったフルトヴェングラー が最も長く、トスカニーニ の 1.5倍近い 22〜23秒だったかと思います (下掲の演奏では丁度20秒です)。

  小刻みに振るわせるような オケ にとってはさぞかし見にくいであろう棒で、この 「運命」 がそうですが、ある時は雄渾で悠揚とした、またある時はぐいぐい引っ張って アッチェランド(加速)する、緩急自在と言ったら言い過ぎかも知れませんが、そうした指揮棒の中から生まれる共感・感動は多くの人を引きつけてきました。

 そうした彼の演奏の中で ベートーヴェン の 「第九」 などは、今でも数ある演奏のやはり最高峰と言って良いのではないでしょうか。

 さらに極め付きとして言うなら、ワグナーの楽劇の 「トリスタンとイゾルデ」 や 「タンホイザー」、そして フランク の 交響曲 二短調 などに至っては、全曲を聴き終えると ワグナー や フランク を聴いたというより むしろ "フルヴェン を聴いた" という印象が残ります。指揮者が前面に出るのが良いのかは異論もあるんでしょうが、実感としてそれがいいんですよね。

 (下の演奏パネルは、ベートーヴェンの 「運命」 交響曲、すなわち 交響曲第5番 ハ短調 第1楽章の冒頭 (63小節目まで)です。 お聴きになるには、この パネルを クリックしてください。)


  5 周 年  2001年 9月 1日

 この 9月5日で当HP (ホームページ) は 開設 以来 ちょうど 5周年を迎えます。 お陰さまで アクセス数は累計 3万を超え、また毎日の アクセス数も月を追って 僅かずつながらも増加の傾向にあります。 これまで この HPを支えていただいた方々には厚く御礼申し上げます。 5周年時 HP

 私自身この 1・2年、アクセスの傾向を見てきましたが、数だけしか把握できないために どのような方が何を目的に覗いていただいたのかなどは分かりませんが、少なくとも Upしたばかりの新曲との相関関係は伺えそうです。

 その結果、当然と言えば当然ですが、広く親しまれている曲を Upした後の アクセスは多めである一方、知名度の低い マンドリン・オリジナル曲などの、しかも題名から イメージの湧きにくい曲など、私自身は名曲とは思っていても、その Up後は残念ながら少なめです。

  ....ということは マンドリンや ギターを奏く方などに聴いていただいている以上に それらには普段なじみのない方に覗いていただいている割合が高いということだと思います。 これまで私自身、玉石混淆 (....いや 「石砂混淆 (?!)」 (-_-;) ) と言われそうですが、色々な曲を入力し Upしてきましたので、幅広い方々に聴いていただけるのは、むしろ嬉しいことです。

 今後とも、せめて演奏の質などにおいては "石砂混淆」" と言われないよう、私なりに高いものを心がけ、これまでの私自身にとって無理のかからないペースである 3週間に1曲程度の新曲Upを維持しながら、今後とも息長く続けていくつもりです。

 なお、たまたま昨日(8/31)の新聞に 「コレリ大尉の マンドリン」 という映画の広告が大きく載っていましたが、思えば昔に比べると マンドリンという楽器が世間から遠ざかっており、この楽器に親しむ一人としては 多少なりとも それが近づくようだと嬉しいなと思います。 (なお、左の写真は 拡大して見れます。)

  大規模テロ事件、スターン  2001年 10月 1日

 9月11日の テロによる ニューヨークの世界貿易センター・ビルの崩壊は、単に テレビ画面での視覚的な ショックに留まらず、"21世紀型の戦争" を予感させる意味で、我々をして心底 震撼させるものではありました。

世界貿易センター・ビルとマンハッタン島  私もあの ビルには一度だけですが行ったことがありました。 それは今思えば あの ビルが できたばかりの、もう 27年前の ちょうど オイル・ショックの直後で、日米とも高度成長に陰りが見え始めたかなという頃でしたが、近代的な ツィンビルが周囲の ビル群から突き出している様は、アメリカという国がまだまだ他の国々を見渡し続ける象徴のように見えました。

  ....一方、そうした テロ騒ぎの真っ最中の 9月22日、ヴァイオリンの巨匠: アイザック・スターン (1920-2001) (参照: ウィキペディア) が 81才で亡くなりました。

 ロシア生まれとはいえ、彼の叙情性豊かで包容力のある アメリカ的な演奏は他を凌駕するものがあり、また文化活動の面でも多大な貢献がありました。 そして2・3年前の テレビで、彼が宮崎市で日本や韓国の若手ヴァイオリニストへ公開レッスンをしていた ドキュメンタリー番組を見ましたが、その厳しくも温厚な指導の様は、彼等や音楽に対する限りない愛情の深さを感じさせるものでした。

 あの貿易センター・ビルが消えた マハッタン島南部の景色もそうですが、あの スターンが消えたことも、事の次元は異なるものの、やはりぽっかりと穴があいたような気がします。

 なお 9月14日に、この HPとしての弔慰の意味で、フォスター作曲の 「懐かしきケンタッキーの我が家」 を Up しました。

  入 力 作 業  2001年 11月 1日

 「MIDIデータの入力作業は大変でしょう」 とか 「つらくはないですか」 など、よく聞かれます。 経験のある方はお分かりでしょうが、ずばり、つらくて大変です。 例えば 「禁じられた遊び」 くらいなら 30分位で入力は完成しますが、「セビリアの理髪師」 序曲 あたりになると、ヒマをみての入力ということもあって、1ヶ月位はかかる覚悟が必要です。

マンドリン  性懲りもなく 作り続けてきた私でも 「大きな曲を作ろうかな」 と思う時は、取りかかる勇気と入力し続ける根気に自信が揺らぎ、何度も楽譜をめくったり眺めたりしながら、取りかかろうか、止めようか、しばらく、場合によっては何日も考えてしまいます。 特に マンドリン演奏の トレモロ での入力となると、楽譜上の 4分音符の 1つを 6つから 8つに分けて入力するのですから....。

 でも最近は MIDIソフト も発達し、不具合 には悩まされることはあっても、今使っている SSW などでは 総譜の形で全体を見渡しながら入力できるようになったり、移調楽器など一音づつ音の高さを置き換えながら入力しないで済むようになったりで、大分楽になったものです。 なんせ初期の ソフトでは それら以前に、出来上がった曲の ミスを直そうと 1つの音符を削除するのに 30秒位待たなければならなかったものです。

  ....ということで、また演奏中の トラブル回避のためにも 目立たない パートや音を省くなど、意図的に手抜きをしたものでした。 そう考えると今は良い時代になったと言うべきでしょうが、便利になった分だけ手抜きができなくなりました (^_^ゞ。

  チョン・ミョンフン  2001年 12月 1日

 今年の 6月、初めて チョン・ミョンフン (1953- ) (参照: ウィキペディア) を聴きに行きました。 曲は マーラーの 「復活」 (交響曲 第2番 ハ短調)で、演奏は合併で新体制となった東京フィルハーモニー。 ....曲が曲だけに 管の咆哮や弦の甘美さなどに さぞ するどく切れ込み かつ歌わせるものと期待してたのですが、一口にそうでもなかったという印象でした。 が、しかし、....。

 マーラーとか ブルックナーなどの演奏会というと、聴く側が大仰な演奏を期待してしまうものですが、その点、持ち前の スピード感に加え、意識してでしょうが 率直でゆがみのない、それだけに本質に迫ったといえる、やはり なかなかの演奏だったと思います。

 1953年、ソウル生まれといいますから、まだ 50歳前。 この演奏会は新体制成ったこの楽団と彼の "スペシャル・アーティスティック・アドバイザー" 就任披露だそうでしたが、あらためて アジア出身の指揮者として今後とも最も期待される一人だと感じました。



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