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 2005年 7月 〜 12月 の 今月のひと言 .

  ビ デ オ 編 集  2005年 7月 1日

 DV (デジタル・ビデオ) など自分が撮った ビデオは、撮ったままの状態では失敗部分もあり 冗長な部分も少なくないため、ぞの保存には 編集が欠かせません。

ピアノと マンドリン   私が DVを買った7年前、一応真面目に編集に取り組んだりもしましたが、自分なりにきちんとしたものに編集しようとすると、とにかく時間がかかり、何回もやり直しをしていると、出来上がった頃にはもうその ビデオは ニ度と見たくない、という気になってしまい、最近では編集といえば不要な部分の カットくらいしかしなくなってしまいました。

  ところが この 5月の旅行 でご一緒した方々に私が撮った ビデオを DVDでお渡ししようという約束をした関係で、暫くぶりでまた ビデオ編集に取りかかりましたが、...いやはや やはりそれは シンドイものでした。

 昔に比べて ハードの性能や ソフトの使い勝手が進化したこともあって、長時間待たされて イライラすることも少なくなったとはいえ、他人様に見ていただけるようなものを作るには やはり何回もやり直しもしなければならず、今回も出来上がった後暫くは自分で見たいという気にはなれそうもありません。

 何の ソフトも同じですが、たまにしか使わない ソフトでは マニュアルと首っ引きで、それでも分からない部分も多く、そのための失敗・やり直しがつきまとってしまいます。 特に動画編集の ソフトでは時間がかかるだけにそれらを踏まえてじっくり取り掛かる覚悟が必要なようです。

  ...結局私は、自分のためだけの長期保存のための ビデオ編集はやはりいい加減なものにならざるを得ず、その代わり何年か後にまた "きちんとした編集" が必要になった時などには "慣れた頃にはもう うんざり" の図式も再現されそうではあります。

 <追伸> なお この 6月15日に、マンドリン界に多大な足跡を残された平山英三郎先生が 94才で亡くなられました。心より哀悼の意を表します。

  ウィルス・ソフト  2005年 8月 1日

 今回は ウィルス・ソフト (正しくは ウィルス対策ソフト) を安いものに換えたことにより、その思わぬ メリットで、(今のところは、ですが)"我ながら今まで バカなことをしていた" というくらいの気持ちになった、という話です。

  自分の パソコンの安全面だけでなく 他人様にご迷惑をかけないという意味で 今や ウィルス・ソフトの導入は必須と言われていますが、そのウィルス・ソフトにかける費用は けっしてバカにならないと思います。 パソコンを 3台保有する私は、Netに繋ぐのはなるべく 1台に集約して、その 1台だけ ウィルス対策を施しているものの、毎年 5,000円程度をかけることには "それも仕方がないか" という消極的な気持ちでいました。

  ところが 最近、1,980円の ウィルス・ソフトがあるのを知り、そちらに切り替えてみたのですが、ソフトを換えて気がついたことは、パソコンの起動が格段に早くなったこと、ハングアップなど原因不明の トラブルや、パソコンが ビジー状態で ソフトを強制終了させるようなことがほとんどなくなったこと、それに パターン・ファイルの更新や ウィルス・チェックを促す頻繁な ポップアップがなくなったこと、などで、一口に スッキリとした環境が戻ってきたのです。

 ウィルスの問題だけでなく自分の不注意で データを消してしまうなどの トラブルに対処するために、私は 毎日自動で バックアップをとる設定にしていて (その方が重要だと思っていますが)、 そのうえ 必須とはいえ 不自由を忍んでまで万全の対策をとる必要があったのかと、今になって思います。

 安い ソフトを使ったことで、後で ホゾを噛むこともあるかも知れませんが、何かの広告にあった 「ウィルスを退治するために パソコンを買ったんじゃないや」 とは、今あらためて思っているところです。

  楽譜のやりとり  2005年 9月 1日

 私の学生時代の旧友 15人で月 1・2回集まって合奏する グループでは、今、練習などの時に使う楽譜の配布の全てを メール添付で済ませています。 使っている ソフトは、私が当HPの曲を作っている SSWで、今では仲間の全員がこれを購入し、楽譜データの共有化を実現しているという分けです。

  SSWは、楽譜作成機能としてはその専門の ソフトほどのものはないものの、ほぼ十分使用に耐える楽譜として プリントアウトできるところから、誰かが編曲などして MIDIデータが作られたら、(場合によってはメールで送って別の誰かがそれを引き継いで) 歌詞を入れたり、印刷譜としての体裁を整え、全員宛のメールに添付して配ります。

 受け取った者はその データから自分の担当するパートのみを プリントアウトし、練習日の当日、それを持って臨むという分けです。 もちろん SSWは、そもそもが MIDIソフトですから、事前に パソコン上で演奏を聴いたり、それに合わせて予備練習できる点も大きな メリットだと思います。

  思えば コピー機などなかった私の学生時代、マンドリン・クラブにいた頃は、各自が写譜ペンで自分用に手書きするか、スコア (総譜) から コピー専用の半透明の楽譜用紙に写譜したものを 湿式の青焼きの コピー専門の店に持ち込み、何日か後に出来上がった コピーを取りに行ったりしたものでした。

 最近では多くの楽団などでも こうした データによる楽譜のやりとりが行われつつあるのではないかと思いますが、今、かつてのそうした時間のかかる面倒な作業が、全て短時間に机上で済ませられていることを思うと、隔世の感があります。

  新市街・旧市街  2005年 10月 1日

 先日、大規模な ヨドバシカメラが オープンしたばかりの秋葉原へ行ってきました。 ガラス張りの高層ビル、広い空間、そして デパートのようなこのヨドバシなどのある地区と今までの雑多さのある地区との対比は、"秋葉原が変わった" というのではなくて、一口に ヨーロッパなどで見る "旧市街" に対して "新市街" ができたというような印象を受けました。

秋葉原ヨドバシ  4年前に 有楽町にビックカメラ が オープンした時、いよいよ パソコン他電気製品など、秋葉原まで足を運ばなくても用が足りる状況になって、「秋葉原は今後 "オタクの秋葉原" あるいは "ゲームの秋葉原" として特化していくことになるんでは ?」 と思われた "旧市街" は、おおむね予想通りの方向へ向かい、私など "一般人" には何となく敬遠したくなる雰囲気が濃くなり、足を向ける頻度もめっきり少なくなっていました。

 神奈川県在住の私にとっては、今後とも せっかく東京へ出たんなら何でも揃っている店へ行こうという気にもなる一方で、(はるか手前である横浜でも三越が ヨドバシに変身するという話もあったりして) やはり "秋葉原まで足を運ばなくても用が足りる状況" には変わりはないようです。

 しかしそうした品揃えとか安いとかの問題だけでなく、秋葉原が引きつける要因を思う時、「秋葉原にあって他にないものは何だったんだろうか」 と思うと、それは細かいパーツ類はもとより、垂涎の的と言われるような内外のオーディオ製品やパソコンなどを求める、どちらかというと技術中心の マニア達のもつ "熱気の塊 (かたまり)" だったような気がします。 もちろん今でもそれらで失っていないものも厳然としてあるものの、それらは多様化して薄らぎ、そうした "塊" もぼやけてきたようです。

 そうしてみると秋葉原は日本の経済・文化の推移そのものをそのまま反映してきている街という気もあらためてしてきます。

  フ ー ガ 病  2005年 11月 1日

 先日、バッハの 「フーガ付き プレリュード」 を Upしましたが、それを機に "フーガ" についてひと言。

 フーガの曲を聴くと、それがきっかけになって フーガばかり聴きたくなる時というのがあります。...いわば "風土病" ならぬ "フーガ病" です。 例えば絵で言えば、輪郭線のはっきりした クラシックな絵ばかり見てきて、たまに現代の抽象画などを見ると、そちらの魅力に惹かれ、しばらくは現代絵画ばかりに接したがるといったような様です。

 ある評論家が 「フーガを聴いている時の自分は、目がうつろで、多分腑抜けた顔をしていると思う」 と言っていましたが、多分それが フーガ病の症状でしょう (^_^)。 でも誰しも 3声ないし 4声に亘る音を追いかけて聴いていると、自分の顔などに構っていられないでしょうし、またそれだけ引き込まれる要素があるということでしょう。

 しかしこうした ジャンルの音楽に慣れない人には、何やらうるさいばかりで、何処が良いのか少しも分からないと感じるでしょうが、私などそれを聞くと 「クラシック、特に フーガなどは、たとえ曲の途中で居眠りしてしまってでも、回数を重ねて聴くことじゃないかしら。」 と答えてますが、聴くほどにそうした輪郭も見えてきて、やがて フーガならではの高揚感が感じられると思います。 それから、曲に慣れないうちの コツとしては、先ずは音の動きが大まかな低音の動きに注目して聴くと良いのではないでしょうか。

 それにしても バッハの有名な 「トッカータとフーガ ニ短調」 をはじめ、「フーガの技法」 などは、たった一人が操る オルガンでこれほどまでに絢爛豪華とも言える世界が展開され、それに浸ると、その後の気分も スッキリといった具合で、そうした意味で "フーガ病" は幸せな (?!) 病気ではないでしょうか。

  「ラ・ボエーム」  2005年 12月 1日

 年末が近づいてくると 数々のクリスマス・キャロルやら 「第九」 はもとより、「くるみ割り人形」 などの音楽が聞えてきますが、この時期、歌劇 「ラ・ボエーム」 も思い起こされるものではないでしょうか。

オーケストラ  "ボエーム" とは "ボヘミアン"、すなわち 自由に生きた、そして売れない芸術家などを指し、歌劇 「ラ・ボエーム」 は 詩人の ロドルフォとお針子の ミミを中心に クリスマスイヴとそれ以後の パリに住むそれら "ボヘミアン達" の人間模様を描いた悲劇で、「私の名はミミ」、「ムゼッタのワルツ」、「もう帰らないミミ」 などの アリアや、最後に ミミが結核で息を引き取った後の ロドルフォの嘆きの叫びなど、思わず引き込まれたり圧倒されるものがあります。

 ...比較的安穏と暮らしていた私などの若い頃の生活などとは全く異なるもので、まして今の時代からすれば随分遠い話ではあるものの、友人関係を中心とした若者の気分には、現代でも共感溢れるものがあると思います。

 そして私自身にとっては...、昔 東京・銀座の2丁目の表通りに "ラ・ボエーム" という音楽喫茶があって、そこではよく 「田園」 だの 「悲愴」 だの 「シェエラザード」 などの曲がかかっていて、学生時代、そして社会人になってからも、友人・同僚達と何かにつけてよく利用したものでした。

 時々店内には ベートヴェンか グレン・グールド のような顔つきをして音楽に聞き入っている客や、中には スコアなんかを広げて手振りをしながら聴いている、今から思うとそれなりに "ボヘミアン" (?) っぽい客も結構いたように思います。 ...今 "喫茶店" というと、キャリア・ウーマンの勉強の場だか "風呂敷残業" の場だかのようにもなっているように見える スタバや ドトールなどで、"音楽喫茶" などという店も先ずお目にかかることもなくなりました (-_-)。



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