タイトル


 2006年 7月 〜 12月 の 今月のひと言 .

  「弦楽アダージョ」  2006年 7月 1日

 今でも続いている テレビ番組の 「題名のない音楽会」 で 昔 司会をしていた作曲家の 黛敏郎 (1929 -1997) が "アダージョ・ブーム" と言われた 1995年頃、 「『弦楽のための アダージョ』 こそ 20世紀に生まれた最高の アダージョだ」 と言っていました。

オーケストラ  この曲は アメリカの作曲家 : サミュエル・バーバー (1910 -1981) (参照: ウィキペディア) 作曲の 弦楽四重奏 第1番の 第2楽章ですが、「弦楽のための アダージョ」 として独立して作曲者により編曲され 、1938年に トスカニーニ と NBC交響楽団によって初演されたものです。

 最近では 「アルビノーニのアダージョ」 などとともに耳にすることも多いのでご存知の方も多いとは思いますが、静かで深く、痛烈な印象を与えるこの曲は、20世紀だけに留まらない最高の アダージョではないでしょうか。 ...もっともこの曲を "耳にする" というのも、アルビノーニのものと同じく葬儀場で聞えてくることも多くなったためではないかとも思います。

 事実、アメリカの同時多発テロから一周忌の慰霊祭や、その昔、ケネディ大統領の葬儀にも使われましたが、当の作曲者はこうした使われ方には難色を示していたそうで、私などは "葬祭音楽" (?) にされてしまうんではないかという懸念の意味で "さもありなん" という気がします。

 私自身の経験では、もうだいぶ以前のことにはなりますが、ヴェトナム戦争の悲惨さを描いた 映画 「プラトーン」 で、最初からこの曲が流れた時には、単純にヴェトナム戦争の話にこの曲が使われたことに違和感を感じましたが、最後の場面、いわば "人間同士の避けられない愛憎の果て" に、自分も負傷したものの味方を殺してしまった主役 (チャーリー・シーン) が、敵味方ともほぼ全滅の戦場から悲痛な思いで ヘリコプターで運ばれていくところで、通しでこの曲が流れた時には、将にこの映画のためにつくられた曲と思わせるほどの深い余韻がありました。

 ...多分作曲者はこの映画での使われ方には満足したのではないかな、いやそれでも特定の イメージと結びつくことはやはり避けたいと思うのかな、などと思いました。

 ...去る 6月13日に日本を代表する指揮者:岩城宏之氏が亡くなり (享年:73才)、氏が 武満徹氏や 黛敏郎氏とも親交のあったことを思い出し、そこからこの曲のことを思い出したという次第です。

 (下の演奏パネルは、 バーバーの 「弦楽のための アダージョ」 の冒頭部分 (MIDI演奏の MP3録音) です。 お聴きになるには、この パネルを クリックしてください。 著作権の関係で全曲を載せられないのが残念です。)


  「ふたつのギター」  2006年 8月 1日

 NHKの テレビ番組: 「列島縦断 鉄道乗りつくしの旅」 に出ていた関口知宏クンが その海外編として スペインを回った番組が 7月11日に放映されていました。 この番組では、ただ列車を乗り継いで景色を見、土地の人情に触れるというだけでなく、それらの印象を スケッチに残し、歌を作っていくという側面というか 伏線が番組の密度を濃くしていたように思います。 ギター

 彼は、ドイツを回った時に リュートを買ったように スペインに着いてからも早々に ギターを買い、それを持って列車の中で 辞書を引きながら スペイン語の歌詞を作るとともに曲の構想を練り、最後に ほぼ終着地である グラナダ で プロと音を合わせながら仕上げる様は最後の ヤマ場としてなかなか興味深いものでしたが、旅の途中で乗り合わせた青年と ギターを合わせた場面もこの番組の中間の ヤマ場ではありました。

 ...ギターを持って乗り込んだ特急の車内にたまたま 土地の青年が ギターを奏いていたので、関口も ギターを取り出し、「チョー、テキトー!」 とか言いながら 即興で合わせるうちに けっして多くない他の乗客も身を乗り出し、結局走ってる列車内が演奏会場のようになっていました。 迷惑に思った客もいただろうにとか、車掌に注意されなかったんだろうか、などと思わないでもなかったものの、それ以上に音楽の楽しみの本質を示してくれたように思いました。

 ふたつの ギターがその場の趣でしかも相手の音の出方を伺いながら、一種の "きわどさ" も持ち合わせた中で互いに心を通じ盛り上がっていく、..."緊張して奏き、かしこまって聴く" のが常態となっている特に クラシック音楽の世界などからすれば、楽器が太鼓であれ ころがっている カンカラであれ、こうした楽しみ方は "感動的未満" であっても より "いいもんだ以上" のものがあります。

 また マンドリンと ギターの合奏他諸々の合奏なども そうした即興性はなくとも同じように音から心を通じ合っていく良さは音楽の原点であり、私自身 最近はどうも居住まいを正して聴くなどといいうことが苦手になってきたせいか、そうした 「"お行儀" を抜きにして "音を楽しむ" という実質を大事にしていきたいものだ」 という、至極初歩的なことを思いながら、この場面に共感して見ていました (^.^)。

 ...なお3日前に 「ふたつのギター」 を Upしましたが、それは、実はこの番組を見て 「そうだこの曲があった」 と思い出し、急遽予定を早めて Upしたという次第でした。

  10 周 年  2006年 9月 5日

 当HP (ホームページ) は 本日で 開設以来 10周年を迎えました。

 ホームページも ホーム(家)と同様、建ててそのまま放置していても 10年位はすぐに経つという意味では 10周年の価値もいかほどのものかとも思いますが、一応気を抜かずに メンテナンスしてきた私としましては、大きな節目としてやはりそれなりの感慨を覚えるものではあります。

 これまで ご訪問いただいた方々、感想やご意見などをいただいた方々、また リンクを張っていただいた方々など、ご支援いただいた方々に 心より御礼申し上げます。

10周年時 HP  開設当初 6曲でスタートした当HPも今では 275曲に増え、アクセス数も 133,000を超える (トップ・ページのみ、本日現在) に至っておりますが、ここでこれまでを振り返る意味で右の グラフを作ってみました。 お陰さまで今でも少しづつとはいえ 1日当たりの アクセス数も増え続けており、私としましても今後とも当HPの一層の充実を図っていかなければ、と感じているところです。

 3周年の時に 「我ながらいずれの時にか曲の "在庫" が尽きたら、どうするんでしょうかね (-.-)。」 と書いていました不安も、その後ほぼ 3週間に1曲の無理のない ペースでの Upload を維持してきたことで、今までのところは杞憂に終わっています。

 また 7周年の時に 「画面などの見栄えは当初からほとんど進歩のない ワンパターンのままで来ていますが、それもそのうちなんとかしましょう。....と思いながら、実は既に数年が経ってしまいました (^^ゞ ...m(_ _)m。」 と書いたことは、今でもそのまま当てはまる状況ではありますが、やはり今後も曲の充実が第一と考え、訪問いただいた方々にはそうした中身で少しでも喜んでいただけるものにしていきたいと思っております。 (なお、左の写真は 拡大して見れます。)

  カウンターの怪  2006年 10月 1日

 今回の "ひと言" は、多くの方々にはどうでも良いことと思われるようなことで恐縮ですが、 「先月の アクセス数の グラフが やはりおかしい、変だった」 という話です。

 先月のあの グラフに表れた アクセス数の傾向は急成長の前半5年と安定成長の後半5年に明確に分かれていて、私は推測として、掲載内容への評価に変化がないと仮定すれば、前半期は インターネットや ケータイと MIDIである 着メロなどの普及がプラスに作用し、後半期は それらが一段落したうえに 例えば YAMAHA のXG音源の配布終了や 着メロから着ウタへの移行などが少なからず マイナスへ作用しているのかな、などと漠然と思っていました。

 しかし 2003年10月に書いた 「アクセス数の怪」 、すなわちプロバイダーのアクセス・カウンターに対して "やはりおかしい" という不信感が依然残っていたので、この際、これまで我ながらそれほど関心をもっていなかったこの アクセス・カウンターについて詰めてみようと思い立ちました。

 プロバイダーの HPを覗いてみると、(理由は書かれていませんでしたが) 既に 2005年9月に旧カウンターを廃し、新カウンターを設置していました。 早速そちらのカウンターに付け替えてみて、....びっくり !....みるみるカウント数が上がっていくではないですか。 ...右のグラフは 9月に入ってからの日毎のカウント数ですが、たまたま 9月16日に新曲2曲を同時に Upしたとはいえ、9月15日に新カウンターに替えたその前 (青棒) と後 (赤棒) とで、カウンター自体の設定条件は変えていないのにグラフが大きく変化しています。

 この 10年の前半期と後半期で アクセス傾向が変わるその変局点は私が プロバイダーとともに カウンターを換えた 2003年頃であり、やはり傾向変化の主因はほぼ間違いなく カウンターだったようです。 ...考えてみれば アクセスすると前回の アクセス数より数が減るなどという考えられない、将に "怪現象" もあった時期もあるなど、いい加減な カウンターで 5年間にも亘って (一喜一憂こそしてませんでしたが) 傾向などを推測していたのは何だったんだろうと、改めて思わされました。

  盆栽 と MIDI  2006年 11月 1日

 最近 さいたま市で盆栽の美術館を作るために ある愛好家から盆栽を 5億円で買うことの是否が、税金の無駄遣いではないかとの観点から問題になっていますが、この話から かねがね私が感じていた盆栽と MIDI の共通点について、....。

 "盆栽 (や植木の) 職人の親方が キセルをくわえながら一日中木を眺めているだけで何もしていないようであっても、そうしては木の所々に手を入れることによって、次第に盆栽が盆栽として形を成していくのだ" というような話を聞いたことがありますが、MIDIでも 音符を入力した後、それに表情 (エクスプレッション) をつけていく "作業" というか "動作" は、それと同じだなと思うことがあります。

 MIDIでも 演奏を "演出する" という実質的な意味では オーケストラなどの指揮者と同じですが、MIDIの場合は指揮者とは違い、もちろん指揮棒などはいらず、数字で テンポや ボリュームをパソコンに記述して加減する分けで、庭を眺めては手を入れ、また遠くから眺めては手を入れる盆栽職人と同じ作業になるということです。 何度も聴き直しながら 「ああでもない、こうでもない」 といじり、納得がいった結果、あるいは 妥協した結果が MIDI演奏の エクスプレッションと言えると思います。

 絵でももちろん筆を止めて遠くから眺めて手を入れるという作業は必要ですが、時間芸術である音楽では 何度もじっと聴くという、外見的には作業を忘れてしまったような "作業" が非常に重要で、その点で絵よりも盆栽の方が より近い感じがします。 そのために曲によっては非常に時間がかかってしまうのは止むを得ないことです。 時には部分部分で完璧な演奏が出来たと思っても、通しで聴いてみると "木を見て森を見ず" の全体感の欠けた、一口に 「なんだ、こりゃ」 と言いたくなる演奏が出来上がってしまうという結果もないではありません。

 ただ、盆栽などと比べて救いと言えるのは、切り落としてはいけなかった枝を切ってしまっても いつでも戻せるところで、これができなかったら 我が HPでも曲がりなりにも人様にお聴きいただくような MIDI演奏は載せられなかったでしょう (^_^;)。

  N 連 音  2006年 12月 1日

マンドリン、マンドラ、ギター

 他の パソコン・ソフトと同様、私が使っている MIDIソフトの SSW も ヴァージョン・アップとともに諸機能の改善が図られてきていますが、最近の改善で特に大きいと思っているのが "N連音" の機能です。

 "N連音" の "N" とは任意の数字のことで、"N連音" の機能は 3連音 や 5連音であろうが、さらには 11連音であろうが 13連音であろが、要はそれらが簡単に作れるというものです。 楽器を演奏する人には良くご存知ですが、"3連音" というのは "3つの 3分割音"、つまり ひとつの音符の時間的な長さの中で 3つの音を奏くもので、昔の ソフトには トレモロ など細かい音の 1/3 の長さの音や、まして 例えば 11連音の 1/11の長さの音などはとても考えられないことだったのです。

 特に マンドリンのように トレモロを多用する場合、当時はどうしていたかというと、例えば 4分音符の長さの中では 最も細かい32分音符でも 8つしか並べられないので、"ドドドレレミミミ" などと組み立ててごまかしていたりしました。 もちろん今では "ドドドレレレミミミ" の 9分割 あるいは "ドドレレミミ" の 6分割された音がきれいに出せます。

 さらに大きいと思うのは 事実上 何分音符でも作れるということから、トレモロの細かさを調節できるようになったということで、自然な人間の腕の震わせ方からして 16分音符で入力すると粗ら過ぎ、32分音符では細かすぎるなどという問題も例えば 20分音符の音で解決ということになり、リタルダンド (だんだん遅くしていく) の場合なども "20分音符、21分音符、22分音符、..." と、曲が遅くなっていく分細かい音符にしていくことによって トレモロを一定に保てるようになったことです。 トリル (音を細かく震わせる) の場合なども もちろん N連音で対応できます。

 もうひとつ付け加えるなら 32分音符をひとつづつ ポチポチと画面上の楽譜に貼り付けていたものが、例えば 4分音符ひとつ貼り付けて、それを N分割すれば 4分音符の トレモロができるので、入力が格段に早く楽になったことです。

 でもはなはだ残念なのは、昔作った トレモロの細か過ぎたり粗過ぎる演奏を直すには トレモロのない ギター・パートなどを除いてほぼ全て作り直しになってしまうことです (-_-;)。



前 半 期 (2006.上)    次 半 期 (2007.上)
初 期 (1996.下)    ひと言 トップ    ト ッ プ

★ Copyright (C) 1996.9.5. - Ikemy (Japan) : All Rights Reserved ★