タイトル


 2008年 7月 〜 12月 の 今月のひと言 .

  マンドリン人口  2008年 7月 1日

 6月13日の朝日新聞の夕刊に載っていた 「マンドリンで オペラ − CD発売」 の記事の中に、「イタリアでは、第2次世界大戦時に ムッソリーニ政権によって マンドリンと ファシズムを結び付けられる イメージが植えつけられ、敗戦後、一挙に廃れた。 今では地元文化の見直し気分もあって、生徒も海外公演の機会も増えた。」 という、ナポリ・マンドリン・オーケストラ代表の マウロ・スクイッランテ氏の言が書かれていました。

マンドリン  マンドリン発祥の国・イタリア以外には、日本や ドイツが マンドリン人口の多い国で、特に日本は、戦後ますます盛んになって、一時は、そしてひょっとして今でも、イタリア以上に マンドリン人口の多い国ではないかとも言われています。

 "一時は" と言うのは、おそらく 昭和30〜40年代が ピークで、その頃はどの大学にも マンドリン・クラブがあって、50〜100人に及ぶ マンドリン・オーケストラ編成も少なくはなく、マンドリン・オリジナル曲ばかりでなく、クラシック曲、ポピュラー曲、歌謡曲など幅広い編曲ものが各地で演奏されるなど活況を呈していましたが、その後は衰退傾向にあって、今では廃部になってしまった学校も珍しくない状況にあるからです。

 そうした ピーク時に活躍していた人達が今再び、定年を迎えるなどして、いわゆる "オヤジ・バンド" のようにして アンサンブルなどを編成して演奏を楽しむ、といった傾向が増してきているようではありますが、いかんせん若手の目はこうした音楽には向いてきてはいないようです。 今の日本人で マンドリンという楽器を見たことも聴いたこともないという人は圧倒的に多いのではないでしょうか。

 日本での マンドリンの隆盛やその後の下火の背景や原因には様々な要因が思い浮かぶものの、私などには自信をもって書けるほどの材料は持ち合わせていませんが、少なくとも今の世の中と音楽が求めている傾向がこの楽器の 醸し出す音とはどうやら違うものであるようだ、という、至極当たり前のことだけは肌身に感じられます。

 "鯛焼き" のような "衰退危惧種" (?) と言ったら オーバーかも知れませんが、そうした事情は 本場・イタリアでも似たところがあるのではないでしょうか。 かつての隆盛を期待したいところで、もっと言うなら こうした音楽にも馴染める世の中だと理想的ですが、...。 ...ところで、鯛焼きの方は、ここへきて復権の兆しがあるとか、だそうですね。

  フライング  2008年 8月 1日

 私が "フライングの拍手" について書いた 「舞踏への勧誘」 を Upした数日前、たまたま朝日新聞 7月16日の夕刊に 赤川次郎氏が書いている 「三毛猫ホームズとオペラに行こう!」 で 「フライングと居眠り」 と題した文が目につきました。

 コンサートで、音楽が終わってないのに起こる拍手について述べたもので、赤川氏は 「日本人の マナーの悪さをを批判する人もいるが、欧米でも同様」 で、「確か バーンスタインが フランスで指揮をした 『悲愴』 の ビデオだったと思うが、第3楽章が終わったとたん、満場の拍手」 の例をあげていました。 そして 「熱心な ファンには咳一つにも神経を尖らす人がいるが、2000人からの人間がいれば、マニアックな ファンも オペラ初体験の人もいるのである」 、さらに 「私自身居眠りしてしまうことがあるんで、他人事ではない」 と書いていました。 つまり "フライングの拍手" に寛容であれ、という趣旨だと思います。

 オペラの アリアが終わった後の拍手などは、演奏が途切れても当たり前、というか習慣的なことであり、また 交響曲や ソナタなどの楽章の切れ目などは、"切れ目" なので、拍手で途切れても後の楽章に及ぼす影響は あまり問題にしなくても良いかと思われます。 しかし、事 「舞踏への勧誘」 となるとそうも言ってられないような気がして、困ったものだという気がします。

 「舞踏への勧誘」 の最後では "舞踏(会)" が終わって一旦演奏は止まりますが、やっかいなことに、一息ついた後、わすか 11小節、余韻をのこすような部分が残っています。 しかもこの切れ目の前の終わり方、いや 休止の仕方が大ぶりなこともあって、演奏する側は 一息つかずして結尾部分に入ることができず、ぞの間 聴く側は "終わった" と思って拍手が起こってしまう、という構造的な問題があるんでしょう。

 どうもこの曲が始まると "いやだなー、悪い予感が当たらなければ良いが" と思い、...拍手が起こりかける程度で収まればまだしも、盛大に起こってしまって慌てて尻すぼみに消えたりすると、最悪の事態です。 ベテランは舌打ちし、拍手した人は恥をかいた、or かかされたと思い、...で、演奏家としても そのまま演奏を終わりにしてしまいたくなるではないでしょうか。 そして後のわずかな部分の演奏は気のないものとなり、本当に曲が終わってからの拍手は 複雑な雰囲気の中で気の抜けたようなものとなり、...。

 "クラシック音楽は敷居が高い" と言われるとしたら、そんなところにもあるのかも知れませんが、結局、うらむとしたら、そういう曲の作り方をした 天才・ウェーバー氏をうらむ (?) ということになりましょうか、ね。

  服 部 正  2008年 9月 1日

 去る 2008年8月2日、日本の マンドリン音楽界に多大な功績を残された 服部正先生 (1908-2008) (参照: ウィキペディア) が逝去されました。 享年100歳でした。 心よりご冥福をお祈りいたします。

マンマンドラ、ドリン、ギター  晩年の活動はほとんどなかったものの、年配の方には ラジオ体操の音楽や、連続ラジオ・ドラマの 「向こう三軒両隣り」、連続テレビ・ドラマの 「バス通り裏」 などで聞こえてくる音楽はもちろん、視聴者参加番組の審査などでの テレビ出演も少なくなく、そうした意味で一般にも良く知られた存在でした。

 昭和30〜40年代の 大学マンドリン界では、一方で 古賀政男 (1904 -1978) 率いる明治大学マンドリン・クラブあり、もう一方で 服部正 (1908 -2008) 率いる慶應大学マンドリン・クラブあり、といった、両雄相並ぶといった時期があり、全国各地の大学マンドリン・クラブも 大いに活況を呈していた時期 でもありました。

 そして両大学間では、それら先生方の強みを発揮して、どちらかというと、"歌謡曲、ポピュラーに強い明治大学"、"オリジナル、クラシックに強い慶應大学" といった特色もあって、互いに覇を競うような雰囲気もあったと思われます。

 歌謡曲界の雄とも言うべき古賀氏に対して、そうした庶民性というか大衆受けには引けをとるものの、また活躍が多方面であったがゆえに 中野二郎氏 (1902 -2000) などに比べ "マンドリン一筋" の印象は薄らぎがちであるものの、親しめながらも格調を失わない 先生の作品に対する支持は厚く、特に マンドリン界の中では最大の功績者として称える向きは多いものと思います。

 ...今もって多くの マンドリン・コンサートで先生の作曲・編曲の作品が数多く演奏されていることからも、それは充分に伺えるところではないでしょうか。

 (先生を忍び、私が入力してあった 「海の少女」 の中の、(著作権の関係で) ごく一部 (中間部+α) のみを、下の演奏パネル に載せました。 お聴きになるには、この パネルを クリックしてください。)


  オルトフォン  2008年 10月 1日

 "オルトフォン" という名前を聞いて ピンとくる人は、そこそこの オーディオ通ではないでしょうか。 レコードを再生する針の部分 (正確には、針と針の振動を電気信号に変換する "ピックアップ・カートリッジ" と言われる部分) の、デンマークの メーカーの名前です。 私は、今ではすっかり醒めてしまっていますが、一時は金もないのに "オーディオ道入門" の "門前" (?) あたりをうろついて、こうしたものにも多少凝った時期もありました。

オルトフォン・カートリッジ  オーディオ装置は スピーカーや アンプなど、凝ればいくら金をかけても キリがないものですが、その点 カートリッジは数万円で音質を向上を期待できる部分と言ってよく、私も日本の オーディオ・テクニカに始まって、グレース、サテン、アメリカの シュアー、などを使ったりもしてきましたが、オルトフォンを使ってからは、もう他の カートリッジを使う気にならず、今まで何十年来 ここの製品の カートリッジだけを使ってきています。(写真は我が家で何回も買い換えた オルトフォンの初代のものです。)

 発音の瞬発力、ダイナミックさなどには シュアーなどに引けをとるものの、音の伸び、高音の抜け、しなやかさなど、クラシック音楽には抜群の力を発揮するものだと思います。 買った当初はそれに感激して、持っている レコードをもれなく全部、その カートリッジで聴き直したもので、たまに他の カートリッジで聴いても、オルトフォンに比べて がさつさのようなものが耳に障って、途中で ストップしてしまうこともあったくらいでした。

 オーディオの世界で "Hi-Fi (ハイ・ファイ)"、すなわち "高忠実度 (ハイ・フィデリティ)"、すなわち "原音に対してどれだけ忠実な音を出せるか" は永遠の課題ですが、この世界では、どんなに厳密に測定して Hi-Fiを保証された装置でも、"人間の耳に忠実ではないと判断されたものは忠実ではない" という 自分勝手ならぬ "人間勝手" な側面があるということは、面白い、というか、意義深いものがあると思います。

 日本の オーディオ装置が世界に進出していった 30〜40年前、技術的には高いものがありながら、なかなか世界で支持されず、ヨーロッパ勢に勢いがあった背景には、日本の メーカーに "Hi-Fiは技術だけの問題ではない" ことへの認識や "良い音づくりの センス" などが今ひとつ成熟していなかったことに原因の一端があったと思います。 ...この オルトフォンも いい例だと思いますが、人間の感覚に関係する以上、技術の分野でも 作り手やそれを支える人達の文化や その歴史などと無関係ではあり得ないものだと思わされます。

  勝手流季節感  2008年 11月 1日

 嬉しいことや悲しいことがあった時に聴きたくなる曲とか、ここ一番の勝負時を迎えて聴きたい曲などがあるように、この季節になったらこの曲が聴きたくなるということは誰にとってもきわめて自然なことでしょう。 先日 Upした 「旅愁」 なども、涼しくなって木の葉が色づいてくる頃になると、特に故郷が恋しいというほどでない者でも聴きたくなる、あるいは聴いて "いいなぁ" と思えるものですね。

 さらには私だけではないと思いますが、この季節になるとこの作曲家の曲が聴きたくなるという嗜好がある方もおられるのではないかと思います。 私自身、"今日は何となくこの曲が聴きたいな" と思う前に "今日はこの人の曲が聴きたいな" と思うことがあり、それが春であればこの人、秋であればあの人が思い浮かぶということは、私の場合少なくありません。 "我儘勝手流の季節感" でしょう。

 例えば、冬から春にかけては、シューベルト、メンデルスゾーン、ラヴェル、など。 春から夏にかけては、ブラームス、ドビュッシー、など。 夏から秋にかけては、モーツァルト、ドヴォルザーク、ブルックナー、など。 秋から冬にかけては、バッハ、チャイコフスキー、シベリウス、など。 ...ですから、夏の暑いさ中に チャイコフスキーの 「悲愴」 などが放送されたりすると、私の方で勝手に、やはり夏に クリスマス・キャロルでも放送されたような、ちょっとした違和感を覚えるなどということもあったりします。

 ...でも、どの作品も春めいたものばかり、あるいは秋らしい感じのものばかりなどという作曲家は おそらくいないでしょうし、まして クラシック音楽で標題音楽から超越した絶対音楽の世界ではなおさらでしょう。 ...これを読んで違和感大ありと思う方が多いと思いますが、そして私自身よく分からないのですが、例えば冬が近づくと冬の厳しい国で生れ育った チャイコフスキーや シベリウスなどの作曲家の曲に自然に目が行くといった感じで、そもそもこうした聴き方自体に異論大ありの方が多いとは思っています。

  秋 葉 原  2008年 12月 1日

 一昨日 (11/29) に 8ヶ月ぶりで秋葉原へ行ってきましたが、以前は レコード、オーディオ装置、CD、パソコン関係などの商品の物色に足繁く通ったこともあった私にとっては、これほどの空白は様変わりと言える状況ではあります。 神奈川県に住む私にとって、秋葉原が遠くなりつつある状況が、ますます強まった証拠でしょう。

秋葉原駅前 '08.11.29.  原因のひとつは、大規模店の ヨドバシ・カメラができて そこへ行けば何でも揃う予感はあるものの、一方で もっと近くにもできた大型店舗で大抵の用が足りてしまい、片や昔からの、オーディオ関連の店はとっくに姿を消し、そして コンピュータ関連の 例えば ラオックスや 九十九電機をはじめとする専門店や、探す楽しみを満足させてくれる小規模店なども 無くなったり見る影もなくなって、ヨドバシはもちろん "旧市街" も相変わらず賑やかではあるものの、私の頭の中では地方都市の縮図と同様、 "シャッター通り商店街" になってしまっていることがあげられます。 現に ラオックスの コンピュータ館や九十九も シャッターが閉まっていて、時代の変化が如実という感がします。

 そして原因のもうひとつは、やはり昔の、と言っても 10年位前の秋葉原からすると、予想通り だいぶ客種が変わってきてしまったことで、昔からの電気工作マニアとか オーディオ好きなどと思しき人よりも ゲーム、アニメ、フィギュアなどを物色する人など、昔の頭からすると同じ "オタク" でも もっと近寄りがたい "オタク" が、やや大げさに言えば 闊歩しているように思え、この面でも時代の変化を感じさせられます。 パソコン等の ハードの成熟、ソフトの拡充、等、時代の進化のなせる業で、良し悪しの問題とは異なるものではありましょう。

 ただ、今年6月8日に起こった通り魔事件が "秋葉原で起こるべくして起こった事件" と言う人もいたようで、私は "それは違う" とは思うものの、一方で "こうした変化がなかったとしたら、あそこでは起こらなかった事件" という感もしないではない気がします。...もちろん、ゲームや アニメなどの隆盛も結構なことと思いますが、メード・カフェのような健全性に陰りが見える印象のものは進展しないでほしいものです。



前 半 期 (2008.上)    次 半 期 (2009.上)
初 期 (1996.下)    ひと言 トップ    ト ッ プ

★ Copyright (C) 1996.9.5. - Ikemy (Japan) : All Rights Reserved ★