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 2016年 1月 〜 6月 の 今月のひと言 .

「Youは何しに..」  2016年 1月 1日

  今日、この元日に バッハの ブランデンブルグ協奏曲 第1番 第4曲 を Upしましたが、その付録として曲の一部を Upしました 第5番 第1曲が流れる テレビ番組 「Youは何しに日本へ」 について、...。

  この番組は、外国人を成田や関空などの空港で インタビューして、本人が OKなら密着取材までするもので、近年の インバウンド需要の高まりに伴って、こうした番組が注目されてくるのは自然の成り行きと言えましょうが、それにしても我々日本人からすれば、なんとまぁ こんなことにまで興味・関心をもって日本を訪れる人がいるとは、という新鮮な気にさせるものではあります。

  通り一遍の寺社巡りや カワイイ文化や伝統工芸などの職人技などを見て回りたいという レベルを超え、東京・渋谷の スクランブル交差点での人の行き交いを見たい、築地魚市場での マグロの セリを見たい、など。 さらにはそれらの延長線上にある、野球の阪神の試合というより応援を見たい、新選組の斎藤一について知りたい、映画 「子連れ狼」 の撮影に使われた橋を確認したい、等々。

  そして新選組の斎藤一の件など、その墓を探し当てた北欧の女性が墓の前で大泣きをしている場面などを見ると、日本への興味のもたれ方、つまり 動機、経緯、予備知識などに驚くとともに、それ以上に、日本人もさることながら近年の世界中の 特に若者の生きがいといったものは何なんだろうと思わされます。

  かつては オウム真理教に走ったり、今、イスラム国を目指す若者などが取り沙汰され、何かしらそうしたものと同根の寒〜い印象も受けますが、一方でそれらとは向かう方向が異なるという健全性も感じられる、つまりは複雑な気持ちにさせられる番組だと思いました。


"XnView"  2016年 2月 1日

  昨年 11月のこの 「ひと言」 で 「私にとって Windows10パソコン は期待したほど良くない」 ということを書きましたが、その最たるものが "エクスプローラー" で、長年使ってきたそれを遂に "XnView" という無料の アプリに替えました。

  エクスプローラーは フォルダーや ファイルの作成・移動・コピーなどの整理には必須の ソフトであり、私などは過去からの習慣で エクスプローラーから アプリを起動することが少なくなく、これの使い勝手如何は私にとっては パソコンの使い勝手そのものと言えるくらいです。 そしてその エクスプローラーは Win10では以前のものよりかなり退化 あるいは劣化したと言え、具体例を上げると キリがないくらい 細かいことのいちいちが面倒なことになってしまって業を煮やし、代替の ソフトを探して導入したのが "XnView" という分けですが、これがなかなかの優れもの。

  基本は "ViX" のような画像ビューアー・アプリですが、それだけに留まらず、しかも新エクスプローラーを上回るとも言える ファイル操作機能をもっていて、私の使う データの全てが サムネイルまたはひとつの画面上で内容表示されるのをはじめ、ファイルの検索も もちろんできますし、目的に応じた その場その場での レイアウトの変更も容易で、しかもそうした使い勝手が良く、また多機能な ソフトにしては私には余計で邪魔な親切機能が ほぼないのも気に入った点です。 これまで エクスプローラーと ViXを使い分けていたものがその必要もなくなりました。

  ついでに言うなら、同じく使い物にならないと感じた "メール" も "ThunderBird" に替え、また ブラウザの "Edge" は既に常用している "Chrome" の方が良く、それで十分。さらには MS社のものではない画像修整アプリの "PhotoShop" (1万数千円) も高精細画面では メニューなどの文字があまりにも小さすぎて事実上使えなくなってしまい、これまたなかなか優れものと言える "Gimp (ギンプ)" に替えました (替えたものは XnViewを含めいずれも無料)。 ... Win10パソコンを買って 3ヶ月。 やっとその使用体制が整ってきたという感じです。 ...あとは XPパソコンでしか使えない ヤマハの MIDI音源 と同等以上の音が出る MIDIソフト があれば ほぼ言うことはないのですが、...これはもはや絶望的なようで、... (-_-)。


MIDI の恩恵  2016年 3月 1日

  近年、本を買うことが少なくなり、当然書店で立ち読みすることも少なくなりました。CD についても、40〜50年昔の レコード全盛の時代には レコード店で 1枚ずつ ジャケットの裏を隈なく立ち読みしては購入の踏ん切りをつけたものでしたが、CDではケースの裏には元々そうした情報もなく、そもそも買うこと自体がなくなってきた今では "立ち読み" の概念もありません。

  ただ私の場合、書店ではないものの楽器店の楽譜売り場での立ち読みの機会や時間は近年ますます増えてきていて、この立ち読みは繁華街へ出かけた時の楽しみになっているとさえ言え、これは私にとって将に "MIDI の恩恵" そのものと言えそうです。

  もともと音楽の才能など からっきしない、音感なんかもまるで ダメと言ってよい私でも、今では知らない曲でも楽譜を見て頭に音が描ける。 それも メロディーだけでなく和音も含めて感じが掴めるようになってきた。 さらには多少なりとも知っている曲などは、読まなくても楽譜の "景色" を左から右へ眺めわたすだけでも忘れていた音の動きがよみがえります。

  ... 今の自分の力をひけらかすような後ろめたい話で、もちろん他人様に MIDIをお勧めするなどという積りなどありませんが、こらはひとえに長年 MIDI で楽譜の オタマジャクシをひとつづつ転記しては音を鳴らして確かめる作業を性懲りもなく続けてきたことが こうした結果に繋がってきたに違いありません。 画面上の楽譜に音符を貼り付けた時点でその音が確認の音を発する MIDIの入力作業によって もたらされる音感向上の副次効果は、楽器の演奏などによるものより かなり上回るものがあるように思います。


古楽器演奏  2016年 4月 1日

  今年の元日に Upしました 「ブランデンブルグ協奏曲」 の頁で 「カラヤンの比較的規模の大きい現代風の演奏が意外に (?) 良く、...」 と述べましたが、それは、昔、私がこの曲の カラヤン指揮、ベルリンフィル演奏の レコードを買って初めて聴いた時、"現代の楽器や演奏スタイルでの演奏の方が むしろその時代を感じさせるのかも知れない" という、逆説的な感覚を持ったのを思い出したからです。

  バロック時代などの曲が古色蒼然とした渋い音で聞こえてくると、その時代に逆上ったかのような雰囲気を彷彿と感ますし、本来理屈から言っても "クラシック音楽" は古楽器演奏に徹することこそ意味があるとは思います。

  が、その反面、現代の楽器で現代スタイルの演奏に慣れ切った身としては、作曲当時の楽器演奏では、多分音の迫力とか艶などの点に今ひとつ物足りなさを感じてしまい、その当時の聴衆が感じたであろうようには感じきれないのだと思います。 ....だいぶ昔のことでしたが、ベートーヴェンの 「月光」ソナタを作曲当時の ピアノでの生演奏で聴いたことがありましたが、その時、そうした演奏がほとんど売られていない理由が実感として分かりました。

  ...そんなことを思っていた中で、古楽器演奏にも力を入れていたというか、いや古楽器演奏の方に主軸があったと言える ニコラウス・アーノンクール (1929-2016) (参照:ウィキペディア) が この 3月5日に亡くなりました。 ウィーンフィル・ニューイヤー・コンサートにも 2回登場し、お馴染みの方が多いと思いますが、数ヶ月前に引退していたとはいえ、残念なことです。 指揮の最中に時々 (多分ここが聴かせ所というような所で) 目をむくようなことがあり、失礼ながら それがどことなく今流に言う カワイイところがあって、親しみのもてる人柄でもありました。


災害と "KY"  2016年 5月 1日

  2016.4.14.以降に熊本・大分地方で発生した平成28年熊本地震で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。

  こうした中、当サイトで 3週間に 1曲の ペースで Upしております新曲の選曲は、私としては敢えて明るい曲が良いだろうと思い、前回 「シレーネの唄」 としました。 が、その後 我ながらどうも今ひとつこの曲の 居心地がよろしくないのです。

  それは第三者からみればどうでも良いことでもありましょうが、最近、特に震災を機に Netの世界で被災者などの心境への配慮不足 (今流に言う "KY" や 逆なでなどに対する、あるいはこうした機に乗じた "ええかっこうし" に対する "不謹慎狩り" (と言うそうです) が目につき始めているからです。

  今回の震災の関連では "不謹慎狩り" をする側に問題がある ケースが多いように思われるものの、一概にそうとも断言できません。 例えば被災した建物などを後世に残すか否かということでも、直接の当事者同士でも意見が分かれるということからしても、要は人の心は一様でなく、難しいものだと感じます。 ...ということで、今こんな曲を聴く気分などには とてもなれないという方にはお気を悪くなさらないよう、..。

  ところで "KY" の意味について Net上で的確な記述がありましたので、念のため転記しておきます。....KYは 「空気」 と 「読む」 の頭文字で、主に空気が読めない人を意味する。 また、逆にそういった人に 「空気を読め」 と提言する際にも 「KY」 と耳元で囁くなどして使われる。 女子高生がメールのやりとりで使い、普及した。 若者の間では以前から使われているが、2007年、こういった頭文字略語の存在が話題となり、広く知られる。 <KY(けー・わい) - 日本語俗語辞書>


冨田 勲  2016年 6月 1日

  この 5月5日に、電子音楽の第一人者で世界的にも知られた 冨田 勲氏 (参照: ウィキペディア) が亡くなりました。 84才でした。

  既に NHKの音楽番組の作曲などの活動をしていた 1969 (昭和44)年にモーグ氏の開発した シンセサイザー (音の合成機、(参照: ウィキペディア) を用いた電子音楽の 「スイッチト・オン・バッハ」 に接して以後、この シンセサイザーを個人輸入して電子音楽の作品も数多く世に送り出し、「初音ミク」 (参照: ウィキペディア) と オーケストラとの共演などで話題を集めるなど、この世界での先駆者として活躍してきました。 ハード音源 ただ、ご本人は 「自然の音と電子音となぜ区別するの? オーケストラの延長線上にあるものじゃないですか」 と、"電子音楽の第一人者" と呼ばれるのを実は嫌ったそうです。

  私自身の経験では、私も昔 「スイッチト・オン・バッハ」 には大いに心を動かされたものの、当時、確か数千万円もした シンセサイザーなど我々がそうしたものを操作することなど先ずあり得ないものと思っていました。その後彼の電子音楽作品の ホルスト作曲の 組曲 「惑星」 を LDで買って聴きましたが、あまり感心したものではなく、数回聴いただけで、その後すっかり レコード棚に納めたままになってしまいました。 そして シンセサイザーについては、私が MIDI という、既に 30年近くお世話になっている電子音楽の ハード音源 (左の写真) と演奏作成ソフトを買ったのは1988 (昭和63)年末。今思うとそれは驚くほど早く手にできたものと思います。

  で、私が 「惑星」 を聴いてあまり感心しなかったというのは、私が当時から志向していたのは、オーディオ趣味の原音追及に似た疑似の アコースティック音 (電気を利用しない自然の音) で、冨田氏の新しい音による新しい音楽とは逆方向に向いたものだからだと思います。 もちろん今でも どちらも良し悪し、あるいは賛否はありましょうが、冨田氏の創造的姿勢は大いに評価されるべきものがあると思います。



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