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 2019年 1月 〜 6月 の 今月のひと言 .

 MIDI歴 30年  2019年 1月 1日

  今年は、4月末をもって 30年に及ぶ "平成" に区切りがついて、新しい "時代" が幕開けする、歴史的な年となります。 現天皇の退位に伴う、いわば人為的な区切りとはいえ、やはり日本人の生活習慣やその記憶からして、ひと纏まりとしての "時代" のもつ意味は大きいものと思います。

  一方 私事の話の方で恐縮ですが、"平成" の時代が始まる たまたま 2週間前に、当時流行し始めた MIDIハード音源セットを買って、以来それによる演奏を作り続けてきた その歴史も丁度 30年。...歳のせいか 大して昔のことのようには思えないことながら、平成生まれの人などからすれば "よくもまぁ、そんなに昔から..." と、大変なことのように思われることかも知れません。

  現に当サイトには その当時に作った後、ほとんど手を加えていない曲演奏も今でも多数あります。マンドリンや ギター曲を含めた クラシックの曲がほとんどである点が古さを感じさせない第一の要因と思いますが、30年前に ハード音源から聞こえていた音が、その後 安価な ソフト音源に発達したとはいえ、当時既に 今の MP3版 で聞えてくる音と区別がつきにくいくらい優れたものであった点が大きいと思います。

  もちろん音源は、実音に極力近いものを目指して人が作ったものなので、今も昔も その出来によって良し悪しは様々で、(一方 MIDI版 の方は、多分に商業的な思惑に左右されているのか、相変わらず総じて ひどい音のままですが)技術的には 30年前には作り手の感覚で良し悪しが左右されるほどの レベルまで出来上がっていたということは言えると思います。

  当時、インターネットがまだ未発達で、その後急速に発展を遂げたことを思うと、そもそも音楽など 人の感覚で作られる世界は、そうした技術、特に利便性などを追及する世界とは別のものということを、至極当然なことながら あらためて思わされます。

 アントン・ブルックナー  2019年 2月 1日

  今年に入ってから、これまで暫く聴いてなかった ブルックナーが恋しくなって、久しぶりに聴きました。 クラシック音楽にあまり馴染みのない方はご存じないかも知れませんが、コンサートで取り上げられる機会も多い、19世紀末頃の オーストリアの大作曲家 (1824-1896) (参照: ウィキペディア です。

  彼の 9番まである交響曲など、どれも長時間 かつ大編成のもので、私など一つの交響曲の1楽章だけでも MIDIで演奏を作ってみたいとは思ってはきたものの、入力の手間などを思うと 今後とも多分 叶わぬ夢でしょう。 ..."ブルックナー開始"、"ブルックナー休止"、"ブルックナー・ユニゾン" などという彼特有の流儀を表す言葉があるように、彼の交響曲など、愚直なほどの ワンパタ−ン、あるいは一種の マンネリ (?) 感がありますが、でも それほど ひとつのものに徹底した追及の姿勢・態度こそが 多くの人を引き寄せてきている最大の要因だと言えると思います。

  "ワーグナーに浸る" という言葉 (関連記述: 「ワグネリアン」) がありますが、分厚い金管の大音量、やはり金管などによる寂び寂びとした雰囲気は "ブルックナーに浸る" という言葉に置き換えても十分言えることだと思います。...そこで 「そうだったのか!」 と思いついたのですが、この 1月に 当HPで マンドリン・オリジナル曲で イタリアの マネンテ (1867-1941) の 「メリアの平原に立ちて」 を Upしましたが、曲の出来は比較にならないものの、そうした雰囲気に似ているところがあったから、多分 ブルックナーが恋しくなったのだと思いました。



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