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 2019年 7月 〜 12月 の 今月のひと言 .

 チェンバロか ピアノか  2019年 7月 1日

  1年位前に、かねがね MIDI演奏を作りたいと思っていた バッハの 「イタリア協奏曲」 の楽譜を買い、その第1楽章を作りましたが、ここへきて自分の作ったそれを聴いてみると今ひとつ面白さが感じられません。 メリハリにかけるため溌溂さといったものが足りないように思います。

  この曲は "協奏曲" と言っても チェンバロのために作られた曲であり、当然のことと思って MIDI の楽器も チェンバロにしていたのですが、ご承知のように この楽器は基本的に音の強弱(表情、Expression)の出せない 古い楽器であり、MIDI では いくらでも出せるとはいえ、楽譜にも表情記号もないことでもあり、チェンバロの演奏に ピアノに近い表情をつけることの不自然さは免れません。

  思えば私が持っている カール・リヒターの チェンバロの演奏も彼の演奏にしては物足りなさがあり、一方で YouTube に数多く載っている ピアノ演奏を聴いてみると、程度の差はあれ 全体に やはり曲が活き活きとしています。 そこで私の演奏も ピアノに替えることにして、音程の高低に合わせて音量を大小させる程度の表情づけの作業をしましたが、それにより みるみる曲が生きてきて、あらためて バッハ作品の凄さはもとより、MIDI でのこうした作業過程の醍醐味を感じました。

  バッハの音楽に この時代にはなかった ピアノを使うことに不自然さを感じることもないではないものの、また 懐古的な雰囲気も大事にする必要はあるものの、多くの演奏が ピアノで弾いているように (チェンバロを持ってる人が ほとんどいないせいもあるのかも知れませんが)、あらためて時空を超える芸術として音楽を捉えることの大切さを感じた次第です。

 チンドン屋  2019年 8月 1日

  先日、バスに乗っていたところ、終点の駅近くで その バスが チンドン屋さん (参照: ウィキペディアを追い越して行きました。 なんと珍しい ! ....子供の頃、時代がかった派手な衣装で、太鼓、鉦、クラリネットか サキソフォン、三味線などで大きな音で、開店したばかりの パチンコ屋などの前、そして街中を開店を宣伝して練り歩く チンドン屋さんをよく見かけたものでした。

  が、大人になってから すっかり その姿を見かけることもなくなり、多分今の若い人達には 「それって何を売るお店?」 という人も少なくないのではないでしょうか。 バスを降りても遠くを練り歩いている姿が見えましたが、人数は 3人で、確か鉦・太鼓の一人は 旅回り一座に出てくるような侍風、あるいは ヤクザ風、三味線の一人は芸者風、もう一人の サキソフォンは ピエロのようで、全体として 昔と同じように ド派手な、そして 敢えて チグハグさが目立つような恰好で、...音も大きいためよく聞こえましたが、その曲は最近の歌の 「涙そうそう」で、「なるほど、今はそういう時代なんだ」と思いました。

  私の知ってる頃の曲は、例えば サーカスなどでお馴染みだった 「天然の美」 とか、一世を風靡していた流行歌の「お富さん」などで、それからすれば、やはり "歌は世に連れ、世は歌に連れ" で変化していくのは当然ですが、その日は たまたま また暫く経ってから 遠くからその音が聞こえてきた時のその曲は、なんと! ビートルズの「ミシェル」で、そこまでいくと、一層 ヒッチャカメッチャカな チグハグさに むしろ感動さえ覚えました。

  家へ帰ってから 「チンドン屋」で Net検索してみると、明治以降の古い歴史の中で大きく盛り上がって衰退したこの分野でも、今、新しい試みも生まれてきているようで、これも大事にしたい昔からの日本文化のひとつという気がしましたし、今後 "和製コスプレ・ストリート・ミュージシャン" とでも言って盛り上げていけるような気もしました。



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